言葉辞典出張版版

ネットに散らばっている言葉を集めている。それだけだ。

わたしの信じる真実の理論によれば、よい物語とはひとりでに綴られるものである。また、よい物語とは、それぞれ独立して、綴られる前からすでにあった存在物、ないしは生き物である。……こうした先在的な物語は、さまざまな人間を――ときには、共鳴する空洞を持つだけの人間をも――ひょっこり訪ねてきて、この人間たちの仲立ちで世に知られることになる。……この本におさめられたいくつかの物語が、ほかのだれでもなく、まっさきにこのわたしを訪ねてきてくれたことは、とてもうれしい。
 どんな人生にも、数はすくないが、完全な発見や遭遇があるものだ。わたしはたった一度だけ、原野の中で一頭のピューマを間近に見たことがある。そのピューマはわたしの発見だ。たった一度だけ、一頭の鯨が海で潮を吹いているのを見たことがある。たった一度だけ、一頭のオオツノヒツジが高い崖の上にいるのを見たことがある。たった一度だけ、一羽のピンク・フラミンゴが飛翔するのを見たことがある。“特別な物語”という名の百あまりの生き物、その一つ一つにも、たった一度だけめぐりあったことがある。その遭遇は、ピューマや鯨やオオツノヒツジや飛翔するピンク・フラミンゴの発見に劣らず、意外なもの、静かな轟音にみちたものだった。