2017-01-01から1年間の記事一覧
先祖供養は美風である。信仰心は無宗教も含めて、信仰である。 老母は住職の生計の懸念をしているけど、たぶん大きなお世話だと思うけどなあ。 美風や信仰がなければ、季節も風景も意味がない
立原正秋氏の書いた小説には、いつだって、哀しさが漂っていた。 それは、血の問題だったり、破滅への道行きだったり、情念の美学であったりした。
昨日は終日、BS2のお世話になりました。 13時から、クレイジーの”大冒険”を観て、19時45分から”歌伝説ザ・ピーナッツの世界”、そのまま続いて21時から”映画女優”という流れだ。全部再見だが、みんな楽しめた。 反生産的だが、お盆ですからね。 マンションだ…
健診でカリウムが基準値オーバーしたので、朝食のバナナを2日に1度にする。 このところ、桃が多い。 久世光彦の男と女のもの狂おしい、滅びの美学の短編集『桃』を思い出す。死のある風景だった。 花火のことを書くと、どうもウェットになっていけない。 …
君に会えた 君に会えた この出会いを どうしよう めぐり合うと 信じていた ふたつの星のように
頑張って、いつの日か私の腹を満たしてくれたまえ。 もしくは赤ちゃんを、我が子を生んでくれたまえ。 頼んだ。
そして、とうとう昨晩出航いたしました。 私に紙テープを投げることなく。
それは、回転する独楽が極まって澄むような静謐、生(いのち)の極み、いわば「死に似た静謐」ととなり合わせに感じたかもしれない。
彼女は幼い頃から海に憧れていた。そして、いつの頃からか彼女の死んだ兄が言っていた 「海なんて、どこまで行ったってありはしないのだ。たとい海へ行ったところでないかもしれぬ」 という言葉の意味がわかるようにもなってきたが、海を見ることは変らずに…