言葉辞典出張版版

ネットに散らばっている言葉を集めている。それだけだ。

ゼルダの伝説 時のオカリナ』について正面から書くことはとても難しい。たとえば何について書くだろう。どの感動を記すだろう。システムだろうか。演出だろうか。宮本さんの発言を引用しようか。個人的なエピソードを挙げようか。ゲーム史における役割について分析しようか。絶妙謎解きからゲーム本来の楽しさについて言及しようか。画期的なインターフェイスについて、あるいはユニークなキャラクターについて、もしくはゲームとぴったり寄り添いその世界を豊かに潤わせる音楽について。言葉はあふれだすが本流を持たない。限られたなかで魅力を述べるなら、”筆舌に尽くしがたい”とでもいうしかない。『ゼルダ』について書くということはとても難しい。
 だが、強い思いは体裁を顧みず滲み出てくる。日々遠のきつつある『ゼルダ』からの距離、数字のみで語られる『ゼルダ』への評価、斜に構えた『ゼルダ』評に反して盛り上がる『ゼルダ』談義。だから僕は『ゼルダ』について書こうと思う。忘れないうちに、矢も盾もたまらず筆舌を尽くそうと思う。たぶんここからには、僕が『ゼルダ』を好きだということ以外何も書かれていないし、ある意味批評的な側面すらない。つまりこれは、真夜中に書かれた手紙のようなものでしかないのだけれど、僕はそれを投函しようと思う。おそらく、僕はそれを後悔しないと感じるのだ。
 たとえば僕はハイラル平原が好きだ。どんよりとしたコキリの村から「ヴァン!」というテーマとともに初めて平原に飛び出したときの鮮やかな黄緑色が好きだ。草を刈るのが好きだ。ことにハイリア湖あたりの草むらの中央に歩いていって回転切りで一気に刈るのが好きだ。壺を割るのも好きだ。どちらかというと斬るより壁に投げて割るのが好きだ。スタルチュラのカサカサいう音が好きだ。ニワトリを持って滑空するのが好きだ。ハートのかけらが4つそろう瞬間が好きだ。ダンジョンで宝箱を開けるとき「どうかマップでありますように」と祈る一瞬が好きだ。森の神殿が好きだ。ことにあの廊下は実際に見た瞬間鳥肌が立ったぐらい好きだ。燃えながら飛んでくるコウモリは嫌いだが撃ち落すのは好きだ。光のプレリュードが好きだ。炎のボレロも覚えやすくて好きだ。シークが新しい歌を教えてくれるとき画面にボタンが表示されるのに一生懸命暗記しようとするのが好きだ。イベントでのムービーがゲーム画面と滑らかに繋がっていて好きだ。ドアを開けるムービーひとつとってみてもさまざまな角度からのカメラワークが計算されていて好きだ。こんなにも映画的な演出を含みながらメッセージは冗長ではなくて好きだ。変なメッセージも好きだ。「いいよ、やんなくても」とかもう、好きだ。「今日は寄り道の日」とか決めて何時間も釣りしたりするのが好きだ。水のダンジョンの地下にあるカギが見つからなくてもう、好きだ。自分で作曲したカカシの歌が我ながら好きだ。大妖精が好きだ。井戸のかび臭さが好きだ。ダニエルの踊りが好きだ。ナボールのたくましさが好きだ。ゾーラ族のガシャポンがよくできていて好きだ。水や炎の表現が好きだ。雲や空はもっと好きだ。朝、空を見上げて紫の雲が美しくたなびいているのを見てハイラルを思い出すのが好きだ。『ゼルダ』をやるまえにコーヒーを入れたり灰皿を側に寄せたりするのが好きだ。つぎの日にダラダラと『ゼルダ』談義するのが好きだ。人の失敗談が好きだ。先の話を聞きたくなくて慌てて席を立つ人が好きだ。夫婦で買って別々にプレーしたためクリアーまでほとんど別居状態だった友人夫婦が好きだ。年末九州に帰省した僕の携帯にわざわざ電話してきて質問する永野さんやルパンが好きだ。『ゼルダ』がイマイチ編集者に向かってなかば怒りながら説明している加藤さんが好きだ。「『ゼルダ』ができる時代に生まれてよかった」と大マジで言った石井さんが好きだ。釣り堀のオヤジの帽子が取れることを嬉しそうに報告に来た佐々木が好きだ。バック転を駆使して子供時代には取れないはずのスタルチュラを強引に取る間々田が好きだ。「マラソン男には勝てないようです」とまわりに聞こえないように耳打ちしてくれるモゲが好きだ。「ポゥをのむとポゥの味がする!」と独自の説を主張していた内沢さんが好きだ。編集部で『ゼルダ』のROMが紛失したとき「『ゼルダ』を好きなヤツに悪人はいない!」と言い放った西山が好きだ。大人になっても99ルピーしか持てなかった針生と、仕事中に何度も電話してきて質問する針生の彼女が好きだ。あるボスをビンで無理矢理倒してしまった長田はバカだなあと思うが好きだ。オープニングが好きだ。エンディングが好きだ。ゼルダ姫のせつない表情が好きだ。ガノンドルフの笑いかたが好きだ。走って落ちてオカリナ吹く左利きのリンクが好きだ。
 やっぱり、言葉はあふれて本流を持たない。そして何かを好きだと表わすことはとても難しく、とてもとても恥ずかしい。しかし、それらの体裁を顧みず滲み出る強い思いを信じずして何を信じるというのだろう。僕は『ゼルダ』が好きだ。僕は、『ゼルダ』が好きだ。
    風のように永田(大妖精!)
       P R O F I L E
  ゲームの話をすることで有名な本誌
  編集者。3ヵ月のあいだに『ゼルダ
  とXTCの新作が両方出るという軌
  跡に驚喜する。どっちも7年待った。